大阪城東福音教会

私の信仰

「コロナ禍の希望の光」


 主に恵まれ在宅で仕事をするようになって早3年が過ぎました。いつも礼拝で主の御前に立つとき、 弱い自分を自覚しながら試練を乗り越えてこられたことに感謝します。そして2021年は、コロナで 緊急事態宣言が出される幕開けとなりました。去年、希望者だけの礼拝となったとき、はじめて歩いて 教会に行きました。そのとき桜が満開で世の中の暗い状況にも関係なく、ぱっと目の前が開けたような 明るさを感じたことを覚えています。

 YouTubeで評論家がコロナで言っていたことをネットで検索したらこんな記事がありました。
「日本では新型コロナの死者より自殺者が圧倒的に多い現状があります。10月末時点での新型コロナ による累計死亡者数は1,770名でした。一方で10月単月の自殺者数は2,153名と、前年比 40%増加しています。」
失業率に比例して増加する傾向があるようです。
コロナで不安、失業などで精神的にも経済的にも希望がなくなって追い込まれこの様な選択をしてしま う人が多いことに心が痛み悲しみを覚えます。また、親族の方の嘆きや悲しみを思うと辛く表現できな い重苦しさを感じます。
 1月10日にSNSで或る牧師先生が年頭のメッセージを掲載しておられましたので一部紹介させて いただきます。
「改めて、私たちが主キリストからいただいている信仰は、“不要不急”の枠に一括りされるものでは なく、むしろ、“必要火急”な信仰であることを思い出しましょう。人生の困難やピンチの時こそ、力 を発揮する神からの救いや助けをもたらす、生きた信仰なのです。だから、コロナ禍のような試練のと きにこそ、私たちは主キリストをしっかりと信じて、神様からの助け、癒し、導き、試練から脱出、困 難の中でこその祝福を体現するものとなってまいりましょう。」

 困難な時、いつも兄弟姉妹の祈りの支えとみ言の力がありました。以前仕事では、不眠不休でシステ ムの改修をしたとき「まず神の国と神の義を求めなさい」のみ言で乗り切ることができ、母が危篤の 時、イザヤ書の「私は造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う」のみ言で、この後、笑顔をみるこ とができ永遠の命をえるための3年の猶予をお与えくださいました。
 つたない私の経験からでも、主は生きて働いておられます。み言には力があります。精神的な助けだ けでなく物理的に形となってあらわされます。暗闇が覆っても希望の光を必ず射してくださいます。

 困難や試練のとき、私たちは「祈り」という強力な最終兵器をもっています。主により頼み勝利しま しょう。そして主日礼拝を守り主の御前で感謝の祈りを捧げていきましょう。

 「何 事も思い煩ってはならない。
 ただ、事ごとに、
 感謝をもって祈りと願いとをささげ、
 あなたがたの求めるところを
 神に申し上げるがよい。
 そうすれば、
 人知ではとうてい 測り知ることのできない
 神の平安が、
 あなたがたの心と思いを
 キリスト・イエスに あって
 守るであろう。」 (ピりピ 4章6,7節)