大阪城東福音教会

聖書の学び


「主が下される災はむなしい事ではない」
エゼキエル書6章1~10節


 南ユダ王国のエルサレムが敵国バビロンによって崩壊する数年前に、主なる神は預言者エゼキエルを通して、南ユダは偶像礼拝と不信の罪のために敵に攻められて多くの民が捕囚されると語られました。これは、悔改めて立ち帰れとの度重なる神の警告に、民が従わなかったからです。しかし、神の願いは、彼らを滅ぼす事ではなく、何とかして彼らを救う事ですから、彼らに逃れの道をも備えて下さいました。それは、彼らに臨む災を通して、彼らが主こそ神である事に気付き、悔改めて正しい信仰に戻る道でした。このように神が下される災は、決してむなしいものではありません。それは聖書に記された信仰者達が受けた災[2コリ11:24-27,ヘブ11:36]と彼らがその後に約束された恵み[2テモ4:7-8,ヘブ11:35,38]からも明白です。そして、その恵みとは何にも代え難い“永遠の命”で、失望に終わる事のない希望[ロマ5:2-5]です。私たちも様々な災を通る事がありますが、災を通して、この永遠の希望に目を向ける機会が与えられているのです。感謝!