大阪城東福音教会

メッセージ

「問題の中の自分」

牧師 大倉 昭元


 問題にぶつかった時、その人の本当の姿がみえます。あなたはその時どのような態度を取るでしょうか。

  自分がいやになる人
  自分の弱さに泣く人
  他人に原因を押しつける人
  すぐに答をまわりの人に求める人
                    

 聖書に出てくるたくさんの人物も人生に起こるさまざまの問題に対してそれなりの生き方をしています。信仰を持ったからといって、注意しないと以前と同じことをしてしまう傾向が多分にあります。生きることははっきりいってきびしいことです。問題と対決できず、そこから逃げるなら自分が弱いだけではなく、人間失格につながるのです。

 ヤコブは兄エサウとの関係が悪化して、14年間家庭から離れた生活をしました。新たな神の導きの中で故郷にもどってくる途中、兄が面会を求めてきました。そのニュースを聞くや14年前の兄の怒りを思いだし、恐ろしくなったのです。すぐ祈ることですが形だけで心の中には何の平安もありません。すぐに知恵を働かせて、自分を何とか守ろうとします。それでも落ち着きません。そのような中で見知らぬ人があらわれた為に、組うちをするはめになり、ついに腰をはずされてしまったのです。その朝、兄に会うのに万一のとき逃げることもできなくなりました。ヤコブはその時、心の底から相手に祝福を求めたのです。

 問題の中で大切なことは弱い自分を認めることです。放蕩息子は人生で落ちるところまで落ちました。最後には豚のエサでも食べてしのごうとしました。そこで本心に立ちかえるキッカケが与えられたのです。信仰生活において、自己に全く絶望するまでに知恵に走り、自分なりの答えをみつけようとしてしまうことが多いのではないでしょうか。人生を小手先で生きてしまうと神の力を体験することが少なくなるばかりです。

 ヤコブが組うちしたことは祈りを意味します。自分には何んにもないことが示された中で、神様に対する100%の信頼が起こされたのです。私は信仰している、教会に行っているという中で、もう一度あなたの信仰をチェックしてみようではありませんか。パウロは『弱い時にこそ強いのである』と語っています。問題に出会ったことであなたの弱さを知る中で、これまで以上に神の助けを求めていかれるなら、あなたが変えられていくのです。問題の解決はそこからはじまっていくのです。




*大阪城東福音教会記念誌『福音のしもべ』より城東福音ニュース1988年 2月号を掲載いたしました。