大阪城東福音教会

メッセージ

「み言葉を支えに」

大倉福子


 人生においては様々な局面に否応なく向かわされます。家庭においては大きな病気や失業、子どものことや親のこと、自分自身の老後のことなど。コロナ禍は世界的規模の不安です。そのような中で聖書を読みますと慰めや励ましを受けますが、時にはそのようなことは無理だと思う個所もあり、どうしてこのようなことがと思うことも多々あります。私もそうだと思ったり、今は難しいと思ったりします。

  夫が重篤な状況になった時、ひとりの看護学校の実習生から「不安じゃないですか?」と言われました。私は正直に「毎日不安で心配よ。でも聖書のこのみ言葉を支えにしているのよ」と返事をしました。

 「だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である」 (マタイ6:34)

 ここをリビングバイブルで読むと「明日のことを心配するのはやめなさい。神は明日のことも、心にかけてくださるのですから、一日一日を力いっぱい生きなさい」とあります。「今日出来る事を今日するだけ、明日することは明日にならないと分からないからその日にするべきことをしているのよ」と私は彼女に告げました。

 牧師が召されてから教会として主の器を求めて祈り続けてきました。でも未だ与えられず牧師不在のままです。主は私たちの必要のすべてをご存知なのにどうしてと悩みは強くなるばかりです。礼拝は兄弟姉妹によって守られ、新しい方も集われ、メッセージのご用をして助けてくださる牧師先生もおられるのに、いつしか自分で自分を責めて苦しんでいました。 いつまで待つのですか、、、早く、早くと。

  「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう」 (マタイ7:7)

 詳訳聖書では「求め続けよ。そうすれば与えられる。捜し続けよ。そうすれば見いだす。たたき続けよ。そうすれば戸は開かれる」とあります。続ける行動が求められています。遠くの地から祈ってくださる方、手紙やメール、電話で交わり励まし、教え支えてくださる先生方や兄弟姉妹にも心から感謝しています。私たちの主の教会です。その中で今私がするべきことを示し教えていただき、行動する者でありたいと切に願っています。



2022年6月号月報メッセージ「み言葉を支えに」PDF版