聖書の人物を訪ねて
バプテスマのヨハネの母 エリザベツ
エリザベツは祭司ザカリヤと結婚し、二人は戒めを守り,清い生活を送っていました。しかし彼らに足り ないのはこどもが与えられなかったことです。そのために心を合わせて祈り続けていました。二人とも年
を取り、子どものことを話題にすることもほとんどなくなりました。夫ゼカリヤが神殿で香をたく当番に当た り、香をたいていると御使が現れ「あなたの祈りが聞かれ、男の子が与えられる」と言われたのです。ゼ
カリヤは喜んだでしょうか。突然のことであり、「自分は老人であり、妻も年を取っています」と常識的な返 答をしました。突然の問いに対する答えは本音だと思います。主の言葉を素直に信じなかったため、ゼ
カリヤは子供が生まれるまで、口がきけない状態が続きました。
エリザベツが妊娠6ヶ月目の時に、ナザレからマリヤがお祝いに来たのです。マリヤが挨拶をした時、 エリザベツは彼女に向かって「主の母上が私のところに来てくださるとはなんという光栄でしょうか」と声
高く叫んだのです。マリヤは自分の身に起こったことは何一つエリザベツに話していません。エリザベツ はマリヤが救い主を宿していることを聖霊の啓示によって悟ったのです。エリザベツがマリヤの挨拶の言
葉を聞いた時、エリザベツの体内の赤ちゃんが躍ったのです。妊娠6ヶ月の胎児にも知恵があり、感情 があることが分かります。エリザベツも胎児もマリヤが来たことで救い主が彼女を通して誕生することを
喜びました。
エリザベツが出産した時、長い間の祈りを聞いてくださったことを主に感謝しました。生まれて8日目に 与えられた赤ちゃんに名前をつける時、ヨハネと名付けたいといったものの、親族からそのような名前を
使った親族がこれまでいないと言われたのです。ゼカリヤに名前を聞くために書板を持ってきて、子供の 名前は?と尋ねると、「その名はヨハネ」と書きました。皆が不思議に思う中で、ゼカリヤの口が開け、聖
霊に満たされ、「与えられた子が将来預言者となり、救い主の働きが十分できるように、その道を整え る」と預言しました。エリザベツはわが子ヨハネが将来神の為に働く器になることが分かり、心に大きな喜
びをもったことでしょう。ヨハネは成長し、荒野で大胆に悔い改めの説教をし、多くの人々に洗礼を施した ことからバプテスマのヨハネと呼ばれるようになりました。
参照 ルカ1:5~80